あなたに
私は何か残すことはできましたか?
あなたから
私はたくさんの友情を頂きました。
うわっつらのことを
とうとうと語る人もいたけれど
あなたは、いつも
聴いてくれました。
ただ、ただ聴いてくれました。
私も、ただただ聴きました。
話すときには、お互いの気持ちが決まっていることを知っていましたから。
遊ぶときは
ただただ遊びました。
「ありがとう。」
本当はいっぱい言いたかったよ。
日々の雑事や
楽しみや
仕事や
付き合いに追われ
大切な言葉を言い忘れ過ごしてませんか?
男は黙ってとか思ってると
永遠に伝わらないことも。
どうしても言えないあなた
文章や
写真なら
伝えやすくないですか?
人の気持ちは変わるものです。
年齢を重ねていくとなおさら変わるものですね。
慣れというものは良かったり、悪かったりするわけで
当たり前でないことも
当たり前となり
阿吽の呼吸とか(本当は違うのかもしれないけど)
こう言えばこうなる的な思い込みもあり
素直に自分の気持ちを言えなかったり。
本当に
一番大事な人を
見失わないように
しなくちゃね。
わが子がかわいくて
夢中で
仕事をしながら
家庭の仕事をして
自分は化粧品も買わず
ただただ
子育てしてきた。
見返りを求めず、
反抗期の親子喧嘩も
子どもをかわいいと思っている親の気持ちを
子どもはわかっていると思い込み
気がつくと
親元をはなれ
新しい家庭を築く。
寂しいと思いながら
これでいいんだと思うことにしよう。
本当に、本当に子どもは
いくつになっても
かわいいものです。
でも、やはり言葉にしないと伝わらないものもある。
あなたとの、写真
思ったことをホームページで
ひとつ、ひとつ
大事にしたためていこうと思う。
子どもが小さいときは
反抗期があったとしても
だっこして、ちゃんちゃんとなっていたことが
子どもの成長に伴い
結構な喧嘩になります。
これも、大事な成長期とわかっていても
母は、特に同じ位置で喧嘩してしまいます。
これが、他人なら結構冷静に判断できますが
わが子、わが母となると
ちょっとしたことで喧嘩になります。
あんなに、小さくて可愛かったわが子が
どうしてだろう?と思い、
子どもは、母親なのにどうしてわかってくれないの?
と、なってしまう訳です。
子どもの出会う人の数も経験もかなり少ないのですね。
親は、そういったことも含め
子どもを守るという本能が父親より働くのかもしれませんね。
子どもが自立できるようにと思っていたけれど
寂しくて、ついついわが子の部分が強くなってしまい
小さな時の写真を見て感慨にふけってしまったり。
どうでしょう?
親子だけのホームページ作ってみませんか?
このように、ブログもかけますし
見るのは親子のみ。
大事な時を子どもと一緒に歩んでみませんか?